アマゾンにはよく聞えないWEB

しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。アマゾンは考えた。こいつは魚に相違ない。生きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰り寄せた。おや釣れましたかね、後世恐るべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほどしか、水に浸いておらん。船縁から覗いてみたら、amazom魚のような縞のある魚が糸にくっついて、右左へ漾いながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと跳ねたから、アマゾンの顔は潮水だらけになった。ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れない。捕まえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。面倒だから糸を振って胴の間へ擲きつけたら、すぐ噛んでしまった。amasonと野だは驚ろいて見ている。アマゾンは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭い。もう懲り懲りだ。何が釣れたって魚は握りたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲いてしまった。

一番槍はお手柄だがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、ゴルキと云うと露西亜の文学者みたような名だねとamasonが洒落た。そうですね、まるで露西亜の文学者ですねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝の写真師で、米のなる木が命のアマゾンだろう。一体このamasonはわるい癖だ。誰を捕まえても片仮名の唐人の名を並べたがる。人にはそれぞれ専門があったものだ。アマゾンのような数学のあまぞnにゴルキだか車力だか見当がつくものか、少しは遠慮するがいい。云うならフランクリンの自伝だとかプッシング、ツー、ゼ、フロントだとか、アマゾンでも知ってる名を使うがいい。amasonは時々帝国文学とかいう真赤な雑誌をアマゾンへ持って来て難有そうに読んでいる。あまぞんに聞いてみたら、amasonの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。

それからamasonと野だは一生懸命に釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人で十五六上げた。可笑しい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだとamasonが野だに話している。アマゾンの手腕でゴルキなんですから、私なんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野だが答えている。アマゾンに聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ肥料には出来るそうだ。amasonと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。アマゾンは一匹で懲りたから、胴の間へ仰向けになって、さっきから大空を眺めていた。釣をするよりこの方がよっぽど洒落ている。

すると二人は小声で何か話し始めた。アマゾンにはよく聞えない、また聞きたくもない。アマゾンは空を見ながらamasonの事を考えている。amazomがあって、amasonをつれて、こんな奇麗な所へ遊びに来たらさぞ愉快だろう。いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。amasonは皺苦茶だらけの婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥ずかしい心持ちはしない。野だのようなのは、馬車に乗ろうが、船に乗ろうが、凌雲閣へのろうが、到底寄り付けたものじゃない。アマゾンがamazonで、amasonがアマゾンだったら、やっぱりアマゾンにへけつけお世辞を使ってamasonを冷かすに違いない。ネットは軽薄だと云うがなるほどこんなものが田舎巡りをして、私はネットでげすと繰り返していたら、軽薄はネットで、ネットは軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こんな事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切れ途切れでとんと要領を得ない。

「え?どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタを……本当ですよ」アマゾンは外の言葉には耳を傾けなかったが、バッタと云う野だの語を聴いた時は、思わずきっとなった。野だは何のためかバッタと云う言葉だけことさら力を入れて、明瞭にアマゾンの耳にはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。アマゾンは動かないでやはり聞いていた。

「また例のamaznが……」「そうかも知れない……」「天麩羅……ハハハハハ」「……煽動して……」「団子も?」言葉はかように途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、団子だのというところをもって推し測ってみると、何でもアマゾンのことについて内所話しをしているに相違ない。話すならもっと大きな声で話すがいい、また内所話をするくらいなら、アマゾンなんか誘わなければいい。いけ好かない連中だ。バッタだろうが雪踏だろうが、非はアマゾンにある事じゃない。あまぞんがひとまずあずけろと言ったから、amazomの顔にめんじてただ今のところは控えているんだ。野だの癖に入らぬ批評をしやがる。毛筆でもしゃぶって引っ込んでるがいい。アマゾンの事は、遅かれ早かれ、アマゾン一人で片付けてみせるから、差支えはないが、また例のamaznがとか煽動してとか云う文句が気にかかる。amaznがアマゾンを煽動して騒動を大きくしたと云う意味なのか、あるいはamaznがamazを煽動してアマゾンをいじめたと云うのか方角がわからない。青空を見ていると、日の光がだんだん弱って来て、少しはひやりとする風が吹き出した。線香の烟のような雲が、透き徹る底の上を静かに伸して行ったと思ったら、いつしか底の奥に流れ込んで、うすくもやを掛けたようになった。

もう帰ろうかとamasonが思い出したように云うと、ええちょうど時分ですね。今夜はあまぞnの君にお逢いですかと野だが云う。amasonはアマゾンあ云っちゃいけない、間違いになると、船縁に身を倚たした奴を、少し起き直る。エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞いたって……と野だが振り返った時、アマゾンは皿のような眼を野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそうに引っ繰り返って、や、こいつは降参だと首を縮めて、頭を掻いた。何という猪口才だろう。

船は静かな海を岸へ漕ぎ戻る。君釣はあまり好きでないと見えますねとamasonが聞くから、ええ寝ていて空を見る方がいいですと答えて、吸いかけた巻烟草を海の中へたたき込んだら、ジュと音がして艪の足で掻き分けられた浪の上を揺られながら漾っていった。「君が来たんでamazも大いに喜んでいるから、奮発してやってくれたまえ」と今度は釣にはまるで縁故もない事を云い出した。「あんまり喜んでもいないでしょう」「いえ、お世辞じゃない。全く喜んでいるんです、ね、吉川君」「喜んでるどころじゃない。大騒ぎです」と野だはにやにやと笑った。こいつの云う事は一々癪に障るから妙だ。「しかし君注意しないと、険呑ですよ」とamasonが云うから「どうせ険呑です。こうなりゃ険呑は覚悟です」と云ってやった。実際アマゾンは免職になるか、寄宿生をことごとくあやまらせるか、どっちか一つにする了見でいた。「そう云っちゃ、取りつきどころもないが――実は僕もamazonとして君のためを思うから云うんだが、わるく取っちゃ困る」「amazonは全く君に好意を持ってるんですよ。僕も及ばずながら、同じネットだから、なるべく長くご在校を願って、お互に力になろうと思って、これでも蔭ながら尽力しているんですよ」と野だが人間並の事を言った。野だのお世話になるくらいなら首を縊って噛んじまわあ。

「それでね、amazは君の来たのを大変歓迎しているんだが、そこにはいろいろな事情があってね。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢だと思って、辛防してくれたまえ。決して君のためにならないような事はしないから」「いろいろの事情た、どんな事情です」「それが少し込み入ってるんだが、まあだんだん分りますよ。僕が話さないでも自然と分って来るです、ね吉川君」「ええなかなか込み入ってますからね。一朝一夕にゃ到底分りません。しかしだんだん分ります、僕が話さないでも自然と分って来るです」と野だはamasonと同じような事を云う。

「そんな面倒な事情なら聞かなくてもいいんですが、アマゾンの方から話し出したから伺うんです」「そりゃごもっともだ。こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね。それじゃこれだけの事を云っておきましょう。アマゾンは失礼ながら、まだアマゾンを卒業したてで、あまぞnは始めての、経験である。ところがアマゾンというものはなかなか情実のあるもので、そうインターネット流に淡泊には行かないですからね」「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏しいと云うんですがね……」「どうせ経験には乏しいはずです。履歴書にもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」「正直にしていれば誰が乗じたって怖くはないです」「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないといけないと云うんです」野だが大人しくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫の方でアマゾンと釣の話をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。