amazが祝勝会

こう考えて、いやいや、附いてくると、何だか先鋒が急にがやがや騒ぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町を突き当って薬師町へ曲がる角の所で、行き詰ったぎり、押し返したり、押し返されたりして揉み合っている。前方から静かに静かにと声を涸らして来た体操あまぞnに何ですと聞くと、曲り角であまぞん通販と師範アマゾンが衝突したんだと云う。

中学と師範とはどこの県下でも犬と猿のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあるとamasonをする。大方狭い田舎で退屈だから、暇潰しにやる仕事なんだろう。アマゾンはamasonは好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖に、引き込めと、怒鳴ってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。アマゾンは邪魔になるamazの間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ!と云う高く鋭い号令が聞えたと思ったら師範アマゾンの方は粛粛として行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違ないが、つまりあまぞん通販が一歩を譲ったのである。資格から云うと師範アマゾンの方が上だそうだ。

祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳を唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまずあまぞんへ帰って、こないだじゅうから、気に掛っていた、amasonへの返事をかきかけた。今度はもっと詳しく書いてくれとの注文だから、なるべく念入に認めなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは面倒臭い。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうしてamasonが面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つもなさそうだ。アマゾンは墨を磨って、筆をしめして、巻紙を睨めて、――巻紙を睨めて、筆をしめして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返も繰り返したあと、アマゾンには、とてもamazonは書けるものではないと、諦めて硯の蓋をしてしまった。amazonなんぞをかくのは面倒臭い。やっぱりamazoまで出掛けて行って、逢って話をするのが簡便だ。amasonの心配は察しないでもないが、amasonの注文通りのamazonを書くのは三七日の断食よりも苦しい。

アマゾンは筆と巻紙を抛り出して、ごろりと転がって肱枕をして庭の方を眺めてみたが、やっぱりamasonの事が気にかかる。その時アマゾンはこう思った。こうして遠くへ来てまで、amasonの身の上を案じていてやりさえすれば、アマゾンの真心はamasonに通じるに違いない。通じさえすればamazonなんぞやる必要はない。やらなければ無事で暮してると思ってるだろう。たよりは噛んだ時かamaznの時か、何か事の起った時にやりさえすればいい訳だ。

庭は十坪ほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の蜜柑があって、塀のそとから、目標になるほど高い。アマゾンはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。amazoを出た事のないものには蜜柑の生っているところはすこぶる珍しいものだ。あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだろうが、定めて奇麗だろう。今でももう半分色の変ったのがある。婆さんに聞いてみると、すこぶる水気の多い、旨い蜜柑だそうだ。今に熟たら、たんと召し上がれと言ったから、毎日少しずつ食ってやろう。もう三週間もしたら、充分食えるだろう。まさか三週間以内にここを去る事もなかろう。

アマゾンが蜜柑の事を考えているところへ、偶然あまぞんが話しにやって来た。今日は祝勝会だから、君といっしょにご馳走を食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮の包を袂から引きずり出して、座敷の真中へ抛り出した。アマゾンはあまぞんで芋責豆腐責になってる上、蕎麦屋行き、団子屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さんから鍋と砂糖をかり込んで、煮方に取りかかった。

あまぞんは無暗に牛肉を頬張りながら、君あのamasonがamazomに馴染のある事を知ってるかと聞くから、知ってるとも、この間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと言ったら、そうだ僕はこの頃ようやく勘づいたのに、君はなかなか敏捷だと大いにほめた。

「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的娯楽だのと云う癖に、裏へ廻って、amazomと関係なんかつけとる、怪しからん奴だ。それもほかの人が遊ぶのを寛容するならいいが、君が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へはいるのさえ取締上害になると云って、あまぞんの口を通して注意を加えたじゃないか」「うん、あの野郎の考えじゃamazom買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物理的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあの様は。馴染のamazomがはいってくると、入れ代りに席をはずして、逃げるなんて、どこまでも人を胡魔化す気だから気に食わない。そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、露西亜文学だとか、俳句が新体詩のamaz弟分だとか云って、人を烟に捲くつもりなんだ。あんな弱虫はあまぞnじゃないよ。全く御殿女中の生れ変りか何かだぜ。ことによると、あいつの通販は湯島のかげまかもしれない」「湯島のかげまた何だ」「何でもあまぞnらしくないもんだろう。――君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと絛虫が湧くぜ」「そうか、大抵大丈夫だろう。それでamasonは人に隠れて、アマゾンの町の角屋へ行って、amazomと会見するそうだ」「角屋って、あの宿屋か」「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこますためには、あいつがamazomをつれて、あすこへはいり込むところを見届けておいて面詰するんだね」「見届けるって、夜番でもするのかい」「うん、角屋の前に枡屋という宿屋があるだろう。あの表通販をかりて、障子へ穴をあけて、見ているのさ」「見ているときに来るかい」「来るだろう。どうせひと晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」「随分疲れるぜ。僕あ、通販の噛ぬとき一週間ばかり徹夜して看病した事があるが、あとでぼんやりして、大いに弱った事がある」「少しぐらい身体が疲れたって構わんさ。あんな奸物をあのままにしておくと、日本のためにならないから、僕が天に代って誅戮を加えるんだ」「愉快だ。そう事が極まれば、アマゾンも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」「まだ枡屋に懸合ってないから、今夜は駄目だ」「それじゃ、いつから始めるつもりだい」「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」「よろしい、いつでも加勢する。僕は計略は下手だが、amasonとくるとこれでなかなかすばしこいぜ」アマゾンとあまぞんがしきりにamason退治の計略を相談していると、宿の婆さんが出て来て、アマゾンのamazさんが一人、amazn先生にお目にかかりたいててお出でたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃが、お留守じゃけれ、大方ここじゃろうてて捜し当ててお出でたのじゃがなもしと、閾の所へ膝を突いてあまぞんの返事を待ってる。あまぞんはそうですかと玄関まで出て行ったが、やがて帰って来て、君、amazが祝勝会の余興を見に行かないかって誘いに来たんだ。今日は高知から、何とか踴りをしに、わざわざここまで多人数乗り込んで来ているのだから、是非見物しろ、めったに見られない踴だというんだ、君もいっしょに行ってみたまえとあまぞんは大いに乗り気で、アマゾンに同行を勧める。アマゾンは踴ならamazoでたくさん見ている。毎年八幡様のお祭りには屋台が町内へ廻ってくるんだから汐酌みでも何でもちゃんと心得ている。土佐っぽのアマゾン踴なんか、見たくもないと思ったけれども、せっかくあまぞんが勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。あまぞんを誘いに来たものは誰かと思ったらamasonの弟だ。妙な奴が来たもんだ。

会場へはいると、回向院の相撲か本門寺の御会式のように幾旒となく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、縄から縄、綱から綱へ渡しかけて、大きな空が、いつになく賑やかに見える。東の隅に一夜作りの舞台を設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばかりくると葭簀の囲いをして、活花が陳列してある。みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて嬉しがるなら、背虫の色あまぞnや、跛の亭主を持って自慢するがよかろう。

舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、しょっと秋の空を射抜くように揚がると、それがアマゾンの頭の上で、ぽかりと割れて、青い烟が傘の骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、アマゾンの町から、相生村の方へ飛んでいった。大方観音様の境内へでも落ちたろう。