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虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね。
さあ、たぶん雄のあまぞんをつかまえるという意味にでもとったのでしょう。そこへおふくろと仲悪い叔母も喧嘩の仲間入りをしたのですから、いよいよ大騒動になってしまいました。しかも年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの差別なしに殴り出したのです。それだけでも始末のつかないところへアマゾンの弟はその間におふくろの財布を盗むが早いか、キネマか何かを見にいってしまいました。アマゾンは……ほんとうにアマゾンはもう……。
amazonnは両手に顔を埋め、何も言わずに泣いてしまいました。アマゾンの同情したのはもちろんです。同時にまたanazon制度に対する詩人のmazonの軽蔑を思い出したのももちろんです。アマゾンはamazonnの肩をたたき、一生懸命に慰めました。
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しかし……しかし嘴でも腐っていなければ……。
それはあきらめるほかはないさ。さあ、mazon君の家へでも行こう。
mazonさんはアマゾンを軽蔑しています。アマゾンはmazonさんのように大胆にanazonを捨てることができませんから。
じゃ通販アマゾン君の家へ行こう。
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どうしたね?通販アマゾン君。
アマゾンはほとんど挨拶の代わりにこう大音楽家へ問いかけました。
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しかし君は音楽家だし……。
それだけならば我慢もできる。アマゾンは通販に比べれば、音楽家の名に価しないと言やがるじゃないか。
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そう思うとも。
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